つながる地域医療

2014.01.31

東日本大震災から3年、 災害直後の混乱の後、 2人の医師に与えられた次の使命は、 地域を医師不足から救うことでした。 新しい地域医療が 未来につながりはじめています。

「奇特な人」で終わってはいけない

「奇特な人が地域医療を支える時代はもう終わりだと思うんです」そう語るのは震災直後からボランティアとして気仙沼に飛び込み、1階部分が浸水した気仙沼市立本吉病院で地域住民の診療に尽くした川島実医師。震災から半年後には院長となり、今も体を張って本吉地区の医療を守り続けています。「僕も先生と全く同じ考えですよ。これまで地域の小さい病院の医師っていうのは一匹狼で、自分の良心や善意で飛び込んで。それに頼っていちゃ駄目でしょって。その人だって寂しくなっちゃうときだってあるし、無性に都会に帰りたくなることだってあるんだから」震災の真っただ中にあった石巻赤十字病院で全国の災害医療チームを指揮した石井正医師は、震災から1年半後、母校の東北大学に戻り、災害医療の経験を活かして地域医療の再建に奮闘しています。石井医師は大学卒業後に東北各地に赴き、地域医療に身を置いていました。「これまでローカリズムで維持していたものが、川島先生のような方や災害時の医療支援も含めて刺激になって、今いい方向に動いていると感じています」(石井)

東北大学では、全国から駆けつけた医師による医療支援が一段落したころ、沿岸部の医療崩壊を回避するため、持続性を意識した医師派遣を開始しました。地域医療の将来を見据え、医学系研究科、病院、東北メディカル・メガバンク機構(※)が組織横断的に実現させた取り組みの一つで、10の診療科が連携して若手医師を4か月交代で地域に派遣しています。「初めてのことだと思うんですよ、一つのプロジェクトで診療科同士がお互いに協力して人材のやり繰りをするなんて。大学はややもすれば研究や高度医療ばかりと思われていますが、100年以上に渡って地域を守ってきた実績と責任がある。だからみんなでやりましょうよっていうことなんですよね。その延長線上でシステマティックに動き続けて、ルールに変えて行く。ここ数年が勝負です」(石井)

ジェネラリストという専門性

本吉病院も、医師不足への対策として、病院をあげて若手医師の育成に取りかかりました。研修病院として日本プライマリ・ケア連合学会から研修プログラムの認定を受け、今では全国から途切れずに研修医が集まってきます。「2012年春頃かな、ここで若い医師を育てられたらいいなと思いはじめたのは。研修医からは、今のところ面白かったっていうフィードバックしか無いんですけど(笑)みんながそう思って帰ってくれたら」(川島)、「根本的な課題は医師の偏在ですからね。地域の医師は少ないけど、仙台には多いっていう。だからドクターという職業としてのキャリアを、地域で楽しくというか、充実して積める体制ができれば若い人が集まるのかもしれない。医療は大きな病院だけで行われるものなんじゃないっていうのが当たり前になってくれば」(石井)。

もう一つ、川島医師が本吉地区で手がけている新しい医療に高齢者の在宅医療があります。自ら住民に呼びかけ、本吉地区を中心に口コミで広まりました。その数、134床。「在宅医療もそうですけど、僕らが診ているのは9割が一般的な疾患なんです。風邪とかねん挫とか。ただその中に珍しい病気が混ざってる。それをどうやってかぎ分けて専門家につなぐかっていうのが僕ら総合診療医の腕の見せ所で」(川島)

「総合診療医」とは、患者さまの体の状態だけでなく社会生活も含め、幅広い領域の病気を診ることができるジェネラリスト。同時に、必要に応じて適切な専門医への橋渡し役として、稀な疾患を見極める力が求められます。在宅医療や保健・福祉を含めた包括的な医療の現場でリーダーとして活躍する新たな医師像として注目され、近い将来、内科や外科、小児科などと並ぶ19番目の専門医に加わることに。「必要なのは患者さんのトリアージ能力なんですよね。日常疾患は地域で診る、極度に特化した専門的な病気は拠点病院へと。その眼力をどう養うかなんですが」(石井)、「僕がここで怖がらずに仕事ができるのは大きい病院で次々運ばれてくる患者を診ていた経験があるからなんです」(川島)

地域が求める医師を地域で育てる

「川島先生の仰る通り、トリアージ能力の養成には地域病院だけでなく、拠点病院との連携が不可欠だと思うんです」(石井)。東北大学は、県内3つの医療施設と連携して総合診療医の育成に乗り出しました。本吉病院も連携先の一つ。地域の医療機関と大学とを情報ネットワークでつなぎ、研究やキャリア形成のための教育プログラムを提供することで、地域が必要とする医師を地域で育成するという新しい試みです。一方で、医師が定着するためには、生活環境をどのように提供できるかが大きな課題。「システムとして継続させるには「循環型」が一番いいと思うんです。大きな病院を拠点に4か月交代くらいで地域に出て行くような。一方で、川島先生のような責任者も育てないといけない」(石井)、「地域病院で働きたいっていう医師はいるんです。問題は家族。子どもが受験となったら仙台に戻りたいとか出てくるでしょう。小学生くらいまでは田舎がいいんですけどね」(川島)、「僕も岩手県遠野市にいましたけど、子どもの情操教育には寧ろ田舎が理想ですよ。家庭の事情に合わせて5―6年のスパンで交代できるようなシステムだといいんですけどね。循環型は昔から言われているんですが、いかに実務に落とし込むかなんです。なんとかしないと」(石井)、「僕も、次の人間が子どもを連れてきたくなる地域をつくるのが自分の仕事だと思ってますよ」(川島)

描き出される地域の医療

「宮城県は非常に恵まれてますよね。一県一大学で、宮城県医師育成機構があって、行政と医師会と大学と医療機関とが密に連携して地域医療を守るためにはどうしたらいいかって本気で考えてる」(石井)、「僕ら本当に、住民から神様って言われるんですよ。だけどそれは違う。今までここに居たお医者さんはそういう形で週に5回、年に365回とか当直して、そういうことができる奇特なお医者さんが、ここだけじゃない、日本の地域を支えてると思うんですけど、それではこれからやっていけない。地域もね、医者を育てられるような地域になってもらわないと。医療は住民一人ひとりが作ってゆく問題だと思うんです。とにかく地域が変わっていかんと」(川島)

医師を育てて送り出す大学、受け入れる医療施設、患者、医師、保健福祉、そして地域。医療をとりまく多様な環境の中で、それぞれが求められる役割を果たすことで生まれるつながり。震災から3年の今、大きなつながりが描き出す未来の地域医療の姿が、浮かび上がろうとしています。

※東北メディカル・メガバンク機構/2012年2月、東日本大震災からの復興事業の遂行のために東北大学に設立された組織。ゲノム情報を含む大規模な長期健康調査を県内で実施し、次世代型医療の構築を目指している。
11月24〜30日は
医療安全推進週間
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