血糖値を下げるより上昇を抑える治療へ
糖尿病治療にあたっては、血糖値を下げるインスリンというホルモンが、体内で十分に分泌されているかを調べるところからスタートします。そこでもしインスリンの分泌がうまくいっていない場合、インスリン注射などで「血糖値を下げる治療」が、10年ほど前までは一般的でした。
ところが最近は、治療薬の研究が進み、多様な経口薬が登場するようになりました。薬によってターゲットとなる臓器が異なり、病態に応じた使い方ができます。具体的には、膵臓に効いてインスリンを出させる薬や、腸に効いて食べ物の吸収を少し抑えさせる薬などです。ターゲットが違えば薬の効くメカニズムも違うので、患者さんの状況や治すポイントを見極め、各患者さんに合わせた治療ができるようになってきています。
薬の種類が増えたことで、血糖値を下げる治療から、食べた後の「血糖値が上がるのを抑える治療」へと変化してきたともいえます。血糖値を無理に下げるわけではないので、患者さんが急激な低血糖に悩まされることも少なくなりました。
一方、体内でインスリンがほとんど分泌がされなくなってしまう1型糖尿病の治療は、今でも主流はインスリン注射を1日4回打つ「強化インスリン療法」です。同じ1型の中でも分泌されるインスリンが本当にゼロの患者さんの場合は、食事で増えた血糖の量と、血糖を全身の臓器に届けるため注射されるインスリンの量や運動量が毎日ぴったり同じではないため、血糖値の急激な変動にさらされ、命に関わることもあります。そのような患者さんの治療機器として、必要量のインスリンを持続的に皮下に注入して調整できる「インスリンポンプ」なども、東北大学病院では導入しており、患者さんのQOLが大きく改善されています。
また糖尿病を持っていると、手術のリスクが高くなるなど、他の病気の治療が制限されてしまう場合があります。私たちは他の診療科からの相談に応じ、最適な治療が受けられるよう血糖コントロールを担当し、院内の連携にも力を入れています。「スリーブ状胃切除術」(腹腔鏡を用いて胃を細くする)などの肥満外科手術にも外科と協力して取り組んでいます。
このように、さまざまな治療の選択肢ができたことにより、食事制限一辺倒ではなく、患者さんのライフスタイルに合わせた治療ができるようになってきました。私たち医師も、決して完璧に健康な生活を送っているわけではありませんから(笑)、それぞれの患者さんと信頼関係を築き、率直に相談してもらえる診療をしていきたいと思っています。
体内のネットワークを活用した糖尿病治療を
これからの糖尿病治療では、治療機器をはじめ開発技術のさらなる進歩や移植手術、再生医療の発展などが期待されています。
私たちの研究では、体内にはさまざまに情報のやりとりをしている臓器間ネットワークがあり、それらを神経がつないでいる仕組みをこれまでに明らかにしてきました。さらに神経をうまく活性化させることにより、インスリンを分泌する膵臓のβ 細胞を体内に増やす動物実験にも成功しました。人の身体の中にもそういったネットワークがあるため、何かを移植するのではなく、本来備わる身体の仕組み自体をうまく活用した、本当の「再生医療」を目指し、今も研究を進めています。
糖尿病になると、なんて暗い人生だろうと思われるかもしれませんが、今の医療は防ぐべきことを防げば、以前よりも快適に日々を過ごせるところにまできています。一方で、食事や運動、体重の管理をして血糖値をコントロールすることは、糖尿病以外の病気予防としてもやはり重要です。これからの超高齢社会で生き生きと幸せを感じて暮らすためには、特に大切なことだと思います。