※m3.com地域版『東北大学病院/医学部の現在』(2023年4月7日(金)配信)より転載
「早期からの緩和ケア」が世界的に広がりをみせている。日本においてもがんの診断時やがん以外の疾患に対する緩和ケアの提供が求められる一方で、依然としてがん終末期の医療というイメージが根強い。緩和ケアの正しい理解と普及に奔走する東北大学病院緩和医療科の井上彰教授と田上恵太講師に同院の取り組みについて聞いた。(2023年1月20日インタビュー、計2回連載の2回目)
――院内での緩和ケアの普及に加えて、地域の病院と連携した取り組みにも力を入れていると聞きました。
井上) いくつかの取り組みがあります。その一つとして、地域の病院や在宅医と連携して専門医資格取得を目指すプログラムを提供しています。在宅医療のニーズは高まっていますが、専門医は全国でも約300人、そのうち宮城県内には緩和医療学会認定専門医が6人、在宅医療学会認定専門医は県内に13人です(2023年3月6日現在)。
緩和ケア・在宅ケアの現場では、専門医資格は必ずしも必要なものではなく、専門医資格を有していなくとも長年にわたり現場で活躍している医師のほうが多数派です。しかし、認定機関で専門医資格取得を目指すことにより、系統的で安定した指導をすることができると考えます。田上先生には実際に地域に出向いて、地域の医療者や市民の方と顔を合わせて、在宅療養支援の普及啓発にも取り組んでもらっています。
田上) 例えば登米地域は、在宅療養のリソースが他の地区と比較して不足しているため、在宅での看取りが困難であるという課題がありました。そこで、2018年から、登米市にあるやまと在宅診療所登米と連携して安心して最期まで自宅や施設で暮らせるシステムづくりに参画しています。自宅や施設で安心して終末期ケアや緩和ケアを受けられる町を目指したアウトリーチ活動です。私や他の若手医師がやまと在宅診療所登米に週1~3日出向き、現地の医療者にベッドサイドで知識やスキルを伝えたり、地域の医療・福祉関係者を対象とした勉強会を開催しています。2019年から2020年度には、地元ラジオ局のはっとエフエムに出演し、市民に向けて緩和ケアの情報提供を行うコーナーも担当しています。また、先日は「がんと診断された時からの緩和ケア」と題して、宮城県がんセンターの武田郁央先生、がん患者会・サロンネットワークみやぎ副代表の阿部佐智子さんに登壇いただき市民公開講座をYouTube配信しました。
在宅医療のリソースが比較的豊富な仙台市内でも介護や医療の情報にたどり着けない市民の方も多く、月に一回、地域の交流スペースで「介護・医療もやもや解消室」を開いて、地域の医療福祉関係者と共に一般の方のよろず相談にも応じています。
――地域で行う相談室にはどのような方が相談に来るのですか。
田上) ふらりと立ち寄る方もいれば、親の介護や自分の将来のことなどを相談をされる方もいます。地域包括支援センターなどにおつなぎすることもあります。1カ月に1回2時間で、大体1~3件くらいの相談と、一度相談に来られた方がフォロワーとして毎回参加し「隣近所の人が困っているがどうしよう」と当事者の方をお連れいただくことも多いです。知らなかったことをたくさん知ることができた、金銭的な問題や心の準備のことなど介護のリアルを知ることができた、不安の解消につながったなどの感想をいただいています。
――地域での活動を通じて現状をどのように感じていますか。
田上) 社会の変化を肌で感じています。こういった活動は2017年から始めていますが、その頃の仙台市の高齢化率は21%でした。2021年には25%と4%も上がっています。その変化や余波を実臨床上強く感じています。高齢者が増えることによる変化はもちろんですが、それだけでなく、老老介護や子供が一人っ子、独居の方も多くいます。認知症だけれども一人暮らしで身寄りがない方で、調子が悪くなったら誰がどう面倒を見るかを決められないケースも多く、ここ数年で自治体とやり取りすることも増えてきました。病院の中、特に大学病院だけでは井の中の蛙になりやすくて、社会背景や社会のニーズの変化についていくためには、こうした“生の医療”を経験することが必要です。
――田上先生は離島でも活動されていると聞きました。
田上) 私は、2019年から鹿児島県の徳之島徳洲会病院と協働して「徳之島緩和ケアプロジェクト」を展開しています。そこでは全国の緩和ケア専門医と協力し、現地スタッフと同院内や在宅医療現場での診察、他の医療者や各訪問介護ステーションなど福祉事業者にも輪を広げ勉強会を開くなどしています。2022年には、神経難病の患者さんへのアドバンスケアプランニングの必要性を伝え、患者・家族・医療従事者が話し合って治療・ケアの目標や選好を明確にしておくプロセスの重要性について講演しました。こういった小さな地域で成功事例を作り、それを全国に波及させられないかと考えています。
――田上先生の活動は、井上先生からご覧になっていかがですか。
井上) 素晴らしいなと思って見ていますよ。東北大学病院は病棟もあって人材も豊富です。教育ができるし、研究スキルもある。そういったポテンシャルを緩和医療の分野で生かせていないなと、はたからずっと見ていました。呼吸器内科医として自分の患者さんを紹介しながら、もったいないなと。診療科長という立場になって、私も自分ができることとして院内での緩和ケアの体制整備を進めること、それを基盤として、田上先生のように熱意のある若手が来てくれてどんどんやりたいことをやって活躍する場をつくることで、周りに還元していければと思っています。
――今後の目標を教えてください。
田上) 緩和ケアにおける医者ガチャをなくしたいですね。どこに住んでいても、アウトリーチやオンラインを通してでも緩和ケア専門医や地域を診る総合診療医、適切ながん治療に巡り合えるべきだと思います。そのために必要なのは、地域の拠点病院内で緩和ケアを当たり前に受けられる文化、システムをつくることだと考えています。自分が愛する地元で、誰もが治療中から緩和ケアを受けることができること、その地域に生まれて育って働いて年老いて、安心して最期まで生きていけるのがあるべき地域の姿です。
実際に活動していろいろな地域の人と話していると、病院だけでなく消防や行政も含めて、抱える問題は地域によってそれぞれ異なっていて、こういう関わり方は困るけど、こういう関わりなら頑張りたいって言ってくれることがあります。地域の問題を同じ目線で話し合いながら信頼関係を築くこと、一つ一つの地域の形に合うように調整することを積み重ねていきたいと考えています。
【取材・文=東北大学病院 溝部鈴、撮影=東北大学病院、田上恵太】