#22 脳卒中医療の今、そして未来へ。

2018.08.10
  • 脳神経外科 科長
    冨永 悌二
    ( とみなが ていじ )

寿命の延びとともに増える脳卒中

 脳卒中を発症する患者さんは高齢化し続けています。私が医師になったばかりの頃には、60代や70代の患者さんが主流でした。今は地域の病院を訪ねると、70代以上で、90代の方も珍しくない。脳卒中という病気は、年をとればとるほどかかりやすくなる病気です。人口全体の高齢化が進むのに比例して、脳卒中の患者さんの割合も人数も増えていますし、今後も増加しつづけるのは明らかです。
 かつて脳卒中は、積極的な治療法がありませんでした。しかし、近年の医療技術の発展により脳卒中の医療は大きく変わってきています。脳卒中の疑いがある患者さんが来院あるいは搬送されると、すぐにCTスキャンやMRIを撮ります。脳卒中の原因とダメージを受けている範囲を詳細に把握し、それぞれの症例に合った治療を選択するためです。脳卒中の原因で最も多いのが脳梗塞ですが、血栓により血流を失った脳の部位は、神経にとって必須の酸素と糖分が行き渡らなくなり、やがて神経細胞が死んでしまいます。そしてその範囲は、時間の経過とともに急速に広がっていき、元に戻ることはありません。しかし、この過程で、神経としては機能しなくなったけれど、まだ細胞の構造が保たれている状態の脳領域があります。これをペナンブラと呼び、急性期においては、いかにこの部分を再稼働させるかという点を重視して治療を行います。脳卒中は時間が命、という理由はここにあるわけです。

進化する治療法

 脳梗塞の急性期治療には、大きく分けて二つの方法があります。ひとつは、薬剤を使って血栓を溶かす方法です。2005年に厚生労働省に承認されたt-PAと呼ばれる薬で、これを点滴で投与すれば血栓が溶けて劇的に回復します。承認当時は魔法の薬とまで呼ばれました。しかし、これは諸刃の刃でもありました。 血栓を溶かす働きがある分、高齢の患者さんや脳梗塞により血管がもろくなっている場合には、大出血を起こす危険性があり、そのリスクを十分に考慮すると、発症後4.5時間以内でなければ使用できないのです。通常、来院から検査、診断まで1時間はかかります。 前兆があってからすぐに来院しなかった場合には、t-PAを使うことはできません。
よく、一晩様子をみて朝に来院する患者さんがいますが、それでは間に合いませんし、寝ている間に発症して、どのくらい時間がたったか分からない場合も適応外です。
 次の段階として、t-PAが適応にならない場合、もしくは効果が乏しいと考えられる場合には脳血管内治療を行うことがあります。カテーテルという細長い管を足の付け根から脳の血管まで挿入し、リトリバーと呼ばれる器具を使って詰まっている血栓を取り除き、血流を再開通させます。発症後にすぐに適切な診断が行われ、早期に血流が戻れば、命を救うだけでなく、まひなどの神経症状をすぐに改善、回復させることができます。しかし、この治療法も時間が経ってしまえば効果がありません。全ては脳卒中のサインを見逃さないこと、さらに気付いたらすぐに受診していただくことから治療が始まるのです。

脳卒中を治す時代へ

 患者さんの命を救い、不自由のない社会生活への復帰のために必要なことは、検査や治療だけではありません。重要なのは、たとえ来院の時点で「疑いあり」というグレーの判断だったとしても、適切に検査と治療が行われるように、速やかに専門医につなげることです。救急搬送も同様で救急隊員は現在も「一刻も早い搬送を」と努力されていますが、そこからさらに踏み込んで「最速・最適の治療が受けられる場所に搬送を」と進化していくのが、これからの望ましいあり方だと考えています。現在、脳卒中学会とともに五カ年計画を策定中です。地域毎に第一次脳卒中センター、あるいは包括的な脳卒中センターを設け、情報をオープン化し、一貫した治療体制を整備することを目指しています。あわせて、市民ひとり一人が、脳卒中の予防はもとより、その前兆に早く気付けるように、その啓発にも力を入れたいと考えています。
 脳卒中で最も大変なのは、身体の不随や意思の疎通が困難になった患者さんご本人はもちろん、介護にあたるそのご家族まで、経済的・社会的に大きな負担を負うことです。人間としての尊厳を取り戻し、社会活動への復帰につなげる。未来の社会がより良いものとなるように、脳卒中医療体制の整備、そして新たな治療法の開発に尽力していきたいと考えています。

  • 脳神経外科 科長
    冨永 悌二 ( とみなが ていじ )
    1957年生まれ。
    1982年東北大学医学部卒業。
    1987年東北大学脳神経外科助手。
    1987年米国生体膜研究所留学。
    1993年米国バロー神経学研究所留学。
    2000年広南病院脳神経外科部長。
    2003年東北大学脳神経外科教授。
    2012年東北メディカル・メガバンク機構医療情報ICT部門長。
    2013年東北大学病院臨床研究推進センター副センター長・バイオデザイン部門長。
    2015年副病院長。