大学病院での出産とは?

2017.05.12

地域全体の安全なお産を支える

産科はとても忙しい現場という印象がありますが

齋藤年間数約800 件の出産があり、母体救急搬送※1も200 件を超えているので、全国的に見ても忙しいと思います。一分一秒を争う分娩に備え、いつでも計画的に動けるように、麻酔科、小児科、手術部と連携して超緊急帝王切開※2の訓練を行ったり、多職種での勉強会を開催して受け入れ体制を整えています。

熊坂忙しい現場ではありますが、助産師として大切にしているのは、ケアする相手はお母さんでも、お腹の中の赤ちゃん2人だということ。安全を第一に処置や採血に集中しますが、お母さんの言葉や身の回りの物など、ちょっとした変化を見逃さないように、アンテナを高く張るように心がけています

伊藤私の役割は臨床心理士として、お母さんの心の面をサポートすることです。一般的にはゆっくりと時間をかけてお話をする仕事ですが、産科は目まぐるしく状況が変化する現場です。医師のカンファレンスにも参加して、患者さんの情報を把握し、逆に患者さんの心情面で配慮が必要なことは医師や助産師に伝えるようにしています。

齋藤ハイリスク妊娠※3の患者数は、年々増加傾向にあります。当院は「宮城県周産期救急搬送コーディネーター事業※4の一環として、仙台赤十字病院と協同で、宮城県全県の緊急性の高い妊婦さんをどこの医療機関で受け入れるのかを調整しており、依頼件数は年間約400件、そのうちの半数を当院で受け入れています。地域全体の安全なお産を支えることも私たちの大きな役割の一つです。

N I C U との連携

早産の赤ちゃんに対する医療の状況はいかがでしょうか

齋藤当院では昨年、30週未満の赤ちゃんが42人生まれています。その半数は、生育限界※5といわれる週数での出産です。先日は300g 前後で産まれた赤ちゃんが元気に退院しました。新生児医療の確立や、医療技術の発展により、ここ数年で超低出生体重児※6の治療成績が飛躍的に伸びています。現場でも、新生児専門の医師と産科医とのディスカッションが日常的に行われるようになりました。早産が事前に分っている場合には、新生児専門の医師が分娩に同席しています。赤ちゃんを取り上げたらすぐに助産師からその医師に預け、お母さんの処置とほぼ同時に、赤ちゃんの初期治療が始まります。また以前は、早産の場合は一日でも長くお腹の中にいることが良いとされてきましたが、最近では、23週を越えたら良いタイミングで赤ちゃんを出すという方向に治療の概念が変わってきています。形や大きさなどの形態学的な診断から、心臓の動きのような機能的な診断に焦点が移ってきたことが治療成績に影響しているのかもしれません。

熊坂:お母さんも産後に備えられるように、妊娠中に出生前訪問といって産科の助産師とNICU※7の看護師と一緒にNICUを見学する機会を設けています。

伊藤私は妊娠中からNICUまで通して関わることが多いのですが、生命の危機を乗り越えると、次に出てく6るのが発達についての心配です。私たちは『おがるっこ』という東北大学病院のNICU で大きくなった子どもたちと親の同窓会を開き、幅広い年齢の親子が集まってお互いの成長過程を知る機会を設けています。私も、成長したお子さんに会えるのはとても楽しみです。

齋藤退院後に、院内でばったり会うことがあって。育児のご苦労は計り知れませんが、「こんなに大きくなったんです」と自信を持って子育てしている姿を見ると、お産に携わった産科医としてとても嬉しいですね。

自信を持って次へ歩み出せるように

ハイリスクの様々な出産に対してどのようなことを大切にしていますか

齋藤出産は、人生において数回しか経験しません。大きなライフイベントの一つとして、お母さんたちに集中して出産してもらいたいと考えています。「おめでとう」と言える出産もあれば、そうでないときもありますが、悩むだけ悩み、やれるだけのことをやった、これ以上ない出産だったんだ、という記憶を持って退院してもらいたいのです。助産師、臨床心理士の存在はとても大きいです。

伊藤出産という大変な経験は、感じ方も含めて、患者さん一人ひとり同じではありません。医学という点においては、患者さんと近い立場にいることが臨床心理士の強みで、医師には話せないような日常的なことも含めて、どう感じているのかお話を聞くように心がけています。

熊坂:命の時間が限られている赤ちゃんもいますが、たとえ数日間という短い時間であっても、お母さんと赤ちゃんが出会うということに変わりはありません。妊娠中から、どんな出産にしたいのか、赤ちゃんのためにできることは何かをお母さんと時間をかけて考えます。一生に一度の出会いが良いものになるように、お母さんの隣を伴走させていただいています。

齋藤絶対に忘れることができない分、思い返したときに悲しい気持ちだけでなく、少しでも前に進む勇気を持ってもらいたいと思っています。辛い経験したお母さんが再び妊娠して、笑顔で話しかけてくれるときほど嬉しいことはありません。どんなお産でも、一人のお母さんとして立派だったと思えることが大切で、そう感じてもらえるようなお産にすることが私たちの役割だと考えています。

母は強し。だからこそ、抱え込まずに

お母さんたちに向けて伝えたいこと

伊藤赤ちゃんの生命力には本当に驚かされますし、子育てをするお母さんとご家族は本当に尊い。出産があれだけ大きな仕事なのですから、その後の育児はひとりで抱え込むものではないと感じています。遠慮せず、周りの手を借りてほしいと思います。

熊坂陣痛に耐えながら頑張る姿は本当に美しく、助産師としてその時期を一緒に過ごさせてもらえることはとても幸せです。これからお母さんになる方には、自分の体をよく知って、何か困ったことが起きたら、必ず助けを求めてほしいと思います。

齋藤妊娠、出産、育児は、大変な長い道のりです。でも、必ずゴールがあります。悩んだり苦しんだりしながら、ゴールがあると信じて、頑張ってほしいです。

 もう一つ、周産期医療で今一番の課題は未受診・飛び込み出産です。年間約30件、妊娠週数すら分からない極めてリスクの高い分娩があります。何とかゼロにしたいという思いで、私たちが旗ふり役となって医療機関や保健所に呼びかけ、相談があったら連絡をもらえるような道筋をつける取り組みを始めました。少しずつその成果が出て、今年1〜3月での受診者は3人にとどまっています。まだこれからですが、地域の要となる病院として、未受診・飛び込み出産ゼロのモデルを提案していきたいと考えています。

未受診・飛び込み出産ゼロを目指しています!

妊婦さんが妊娠してから一度も医療機関を受診せず、臨月に突然病院に飛び込みできて出産することを『未受診・飛び込み出産』といいます。お母さん、赤ちゃんともに健康状態が分からないため、安全に出産することが難しく、受け入れることができる医療機関も限られます。東北大学病院産科では、そのような妊婦さんに対して、早期からお母さんと赤ちゃんの安全を確保することができるように、妊婦さんに妊婦健診の大切さを啓発するとともに、医療機関や保健所などとの連携体制構築に取り組んでいます。

「未受診・飛び込み出産ゼロ」オリジナルロゴ

用語解説

※1 母体救急搬送・・・妊娠中や分娩時に母体や胎児の状態が悪化した場合、救命を目的として母体を高次救急医療機関に搬送すること
※2 超緊急帝王切開(グレードA)・・・胎児の心拍低下や母体の大量出血などで緊急に赤ちゃんを娩出する必要がある場合に行う帝王切開。グレードA帝王切開という
※3 ハイリスク妊娠(ハイリスク出産)・・・母体の栄養状態や合併症などにより、妊娠中や分娩の際に重篤な合併症が発生するなどの可能性が高い妊娠・出産のこと。妊婦高血圧症候群や前置胎盤、切迫早産などが対象となる
※4 周産期救急搬送コーディネーター事業・・・周産期の救急搬送、特に母体搬送を円滑に行うことを目的とした事業。宮城県では東北大学病院と仙台赤十字病院にコーディネーターを配置し、県内11カ所の周産期ネットワーク施設の空き状況を確認しながらリスクに応じて適切な受け入れの確保を行う
※5 生育限界・・・教科書上では、22週未満を流産、22週0日からの出産を早産と定めている。生育限界とは、育つことができる限界の週数のことで、実際には23〜24週としている
※6 超低出生体重児・・・正常な出生体重よりも小さく生まれた赤ちゃんを低出生体重児といい、その中でも出生体重が1,000gを下回る赤ちゃんを超低出生体重児という
※7 NICU(新生児治療室)・・・超低体重出生児や生まれつきの病気を持っている新生児などを集中的に治療・管理を行う治療室のこと
11月24〜30日は
医療安全推進週間
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