治療を振り返って

2015.11.13

臍帯血移植を受けて

末永 治療を受けたのは、今から12年前です。臍帯血(さいたいけつ)移植だったのですが、大人に対する治療のデータは未だないと言われて少し不安に思ったのを覚えています。

張替 ちょうど臍帯血移植が始まったばかりの頃ですね。もちろんある程度の効果が分かっているわけですが、新しい治療は症例を積み重ねて確立していきますから、移植後の合併症の治療を含めて試行錯誤なところはあったかもしれません。

末永 自分にとっては、何もかもが初めてのことで、他に選択の余地もなかったので、病院に全てお任せしました。心配していた合併症はそれほど強く出なかったのですが、一番つらかったのは移植後で、下痢が続いて食事をとれない日が続いたことです。

張替 ドナーの血液が増えてくると、その免疫力が働いて二次的な合併症が出る場合があります。どのくらい強く出るかは人それぞれで、今の医学でも予測が難しいところです。

末永  治癒するためには、その作用も必要なことなんですよね。

張替 その通りで、抗がん剤だけでは治らなくても移植で治る理由は、ドナーの健康な血液に入れ替わるということもあるのですが、もうひとつカギとなるのが、ドナーの免疫力ががん細胞をやっつけてくれるという効果です。ただし自然な反応として、患者さん自身の健康な内臓や皮膚も攻撃してしまうという悪い免疫作用も同時に起こります。つまり免疫が構築されないと病気は治らない。ただ、悪い免疫作用が出すぎても困る。末永さんの場合、悪い免疫作用が強く出ないような良いバランスだったのだと思います。

広がる選択肢

末永  同じ時期に治療されていた方の中には、肺に合併症をお持ち方もいらっしゃいましたから、自分は本当に運が良かったんでしょうね。

張替 臍帯血移植は合併症が比較的少ないので、成功すれば社会復帰しやすいというメリットがあります。また保存されているものなので、末永さんのように必要なときにすぐ移植することも可能です。一方で、細胞の数が多くないので体の大きな人には実施できないとか、生着率も少し低いというデメリットもあるのですが。

末永 移植前の抗がん剤治療で食欲が落ちなかったこともあって体重を落とすように言われました。いろいろな条件をクリアして、臍帯血移植を受けられたことも幸運でした。

張替 移植すらできない時代があって、そこに移植が登場してきた。それでも最初は、兄弟に提供者がいなければあきらめざるを得なかった。次の世代になると骨髄バンクドナーから移植が受けられるようになり、そして今は、臍帯血という選択があります。臍帯血移植という選択肢が広がって移植の恩恵を受ける患者さんは確実に増えてきました。末永さんも、良いタイミングで臍帯血移植を受けることができて本当に良かったと思います。

今できることを、精一杯

末永  病気がわかったときはショック もありましたし、ここまで回復すると は思いませんでした。退院して5年た った頃からマラソンを始めました。松 島マラソン大会の 10 キロから始めて、 ハーフに出て、今ではフルマラソンで す。今年はトレイルランニングにも挑 戦しました。病気になる前はフルマラ ソンなんて考えられなかったです。

張替 完全燃焼されていらっしゃる んですね。

末永 前向きでいられるのは、難病 を患っていた叔父のお陰かもしれま せん。やりたいことがあるのに、自分 ではできない叔父の姿を見て、健常 な自分ができることをやらないのは、 病気の方たちに失礼だと思うように なりました。病気になる前から、常に 手帳にやりたいことリストを書き出 していたんです。入院中も続けてい て、趣味のバイクもレースには出ら れないけれど、部品を発注したり、修 理を頼んだり。治るかどうかは関係 なく、何かを実現するための準備を して過ごしました。病気になって分 かったのは、死というのは誰にでも 起こりうることなのに、無関心な人 がこんなに多いのかということです。そのときできる目の前のことを、大事にしてほしいと思います。

張替 医師として、病気についてはかなり厳しいことを言うこともあります。それでも患者さんは、体力や症状など、それぞれ状況の中で、それぞれに前向きに病気と向き合おうとされますね。

末永  無菌室から出られるようになってから、病棟の廊下で歩く練習をしたのですが、あのときは、2周するのがものすごく苦しかった。今のマラソンと同じです。そのとき苦しいと感じることを、その人なりに精一杯やっていれば、それでいいんだと思います。

張替 今日は病気以外の大事なことを教わった気がします。この治療は、ドナーも増えていますし、最近では高齢の方も受けられるようになってきました。東北地方の血液内科医も十分とは言えず、施設も限られますが、東北大学病院は、造血幹細胞移植推進拠点病院に指定されています。どこにいても、治療を受けるべき人が受けられるような体制をつくっていかなければと思います。拠点病院として、その役割を果たしていきます。

撮影協力:東北大学百周年記念会館萩ホール1階 Café Mozart Klee’s coffee
11月24〜30日は
医療安全推進週間
11月24〜30日は
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